女子風呂事件

 もう随分前の話ですが、高校一年の頃に部活の大会に参加するため、とあるホテルに滞在することになりました。当時キャプテンを務めていたのは部員唯一の三年生で、世界中の殺人鬼の顔をフォトショップで合成したらこんな感じといった組長ルックの持ち主であり、ただベンチに座っているだけで他校の生徒たちから続々と挨拶されるというU−18ヒゲ濃いワールドカップの得点王です。よく卵が先かニワトリが先かという議論がありますが、前提から間違っています。ヒゲが先です。今あだ名をつけるなら「世界に一つだけのヒゲ」。


 この手の怖い顔は「気がやさしくて力持ち」、つまり見た目とは裏腹に根はすごくやさしい人間であるというのはダウ平均株価的な考え方からも明らかで、この先輩も例外ではなく、ホテルの部屋に入った瞬間に僕ら一年生にとても社会勉強になるお言葉を授けてくれました。「おい一年、女子風呂いってパンツ盗んでこい」。つまり女子風呂を覗いたその証としてパンツを持ってこい、そういう理屈らしかった。完全に肝試し感覚である。この現代に蘇った「のび太のくせに生意気だ」理論にうろたえる一年生たちに向かって先輩は科学的に根拠のある一言で背中を押してくれた。「ダッシュすればバレない」。ドーピングしたベンジョンソンでもバレる。より一層うろたえの度合いを強める一年生たちに先輩は最高裁判事のような声色で判決を述べた。「君たちは少年法に守られている」。スターを取ったマリオでも逮捕される。結局このあと女子風呂の前まで行きながらもやっぱり誰も決行できずにウロウロしたまま未遂に終わったわけですけど、その日の夜に同じ学校の女子の先輩たちが血相を変えて男子の部屋に入ってきた。「さっき女子風呂をのぞこうとした痴漢がいたんだって!しんじらんない!どこの学校だよ!」。うちの学校です。